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首藤明彦
コラム&エッセイ

東京的音楽生活













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 ゲンキン・フィルハーモニック - < 2003/02/24(Mon) 01:45 >
打ったあー!古木がオープン戦の第2戦で日本ハムのエース、ガンちゃんからホームランを打ちました。これで紅白戦、オープン戦の5試合で4ホームラン。去年の秋以降、一軍に定着してからの驚異的な成績がフロックでないことを証明してくれる、力強い一発でした。新外国人T.ウッズもホームランを打ち「マシンガン打線」改め「大ちゃんス打線」が大爆発、オープン戦連勝です。これでベイファンのヴォルテージも、開幕に向けて益々上がってきました。

さて、ヒロ・野口さんからのメール第2弾で、ジョン・ネルソンがバッファローで結成したバンドについての概要が分かりました。名前は「ゲンキン・フィルハーモニック」。エレクトリック・チェロやチューバ以外にもサックスやパーカッションを入れた編成だったそうです。

しかしザッパをやるのは分かるとしても、プロコフィエフの「スキタイ組曲」をエレクトリック・ヴァージョンでやったとは!ブラス野郎は益々アヴァンギャルドで尖がっててチャレンジングです。昨年解散コンサートをやったとのことですが、解散する前に一度聴きたかったなぁー。まぁ、ジョンのことだからいずれ似たようなコンセプトでまたやってくれるでしょう。

今日の愛聴盤
○NRBQ: NRBQ (LP 1969年 米Columbia CS 9858)
今ではすっかり全米No.1のバー・バンドと呼ばれているNRBQも、テリー・アダムスの好みを全面に出したのか、このデヴューアルバムではなかなかヴァラエティに富んでいます。特に、エディ・コクラン、サン・ラで始まり、アダムスとカーラ・ブレイの共作 “IDA”を収録したA面は素晴らしいの一言。

○THE CARLA BLEY BAND: MUSIQUE MECANIQUE (LP 1979年 独WATT 9)
私がテリー・アダムスを知ったのはNRBQのメンバーとしてではなく、ひと癖もふた癖もあるミュージシャンで構成された、カーラ・ブレイ・バンドのピアニストとしてなのです。6人の管楽器奏者をフィーチャーしたこれは、中でも大好きな作品。ジョンにもカーラ・ブレイ作品にはいつかチャレンジして欲しいですね。

○TERRY ADAMS: terrible (CD 1995年 米NEW WORLD 80473-2)
待望のテリー・アダムス初のソロ・アルバムは、ジャズ・コンポーザー&ピアニストという側面を全面に出したものでした。テリーのことだから、かなりヒネリを効かせているのかと思ったら、あまりのストレートなジャズ・ミュージシャンぶりに、初めて聴いた時は面食らったものでした。NRBQの現同僚の3人も客演、特にドラムのトムが立派にジャズ・ドラマーしています。
 MAE つづき - < 2003/02/22(Sat) 23:57 >
いよいよ今日から、今年の戦力を占うプロ野球のオープン戦が始まりました。我がベイスターズは、4番に起用した待望の和製大砲古木のホームランもあり、スワローズに8対3で大勝。今年の戦力に期待が持てる、幸先のいいスタートです。このまま故故障者が出ずに開幕を迎えて欲しいものです。

さて、先日書いたMAEの近況に関してもっと情報はないかと調べたところ、アメリカで活躍なさっているトランペッター、アトランティック・ブラスのヒロ・野口さんのホームページに行き当たりました。ゲストブックに記帳したところ、ご丁寧にヒロさんからメールを頂戴し、MAEのメンバーの近況を知ることができました。

更にジョン・ネルソンのホームページのアドレスも教えて頂き、そこでジョンの新しいメール・アドレスをゲット。早速メールを送ったところ、ジョンからも速攻で返答メールがきました。近い将来の再会を約束、その日が訪れるのが今から楽しみです。

今日の愛聴盤
○CAPTAIN BEEFHEART AND THE MAGIC BAND: CLEAR SPOT (LP 1972年 米REPRISE MS 2115)
私が最初に入手した隊長のアルバムがコレ。難解という先入観があったのですが、ここで展開される音楽は驚くほどポップかつ分かりやすいのです。ロックもブルースもソウルも(フリー)ジャズも愛する耳には、これは媚薬。この口当たりのよさが良かったのか悪かったのか、以後ズブズブとディープな牛心ワールドにハマることとなりました。

○CAPTAIN BEEFHEART AND THE MAGIC BAND: DUST SUCKER (CD 2002年 英Milksafe BF 6003)
本人が音楽界から身を引いてしまったので新作は期待できないためか、近年の隊長の未発表音源のリリースラッシュは嬉しいかぎりです。これはフランク・ザッパのプロデュースの下、75年からレコーディングを開始し76年に完成したものの、ザッパとレコード会社のいざこざのとばっちりを喰い発表されなかった幻のアルバム ‘BAT CHAIN PULLER’で、昨年いきなり発売、ファンを驚かせました。隊長の頭の中に渦巻いていた音楽が、マジックバンドの精鋭とのコラボレーションにより再現、ワンアンドオンリーの音の万華鏡を創り上げています。
 SMART WENT CRAZY 〜 ザッパが認めたブラス野郎たち - < 2003/02/20(Thu) 00:03 >
“Go see them… they’re excellent.” と、あのフランク・ザッパに認められたブラス野郎たち、メリディアン・アーツ・アンサンブル(Meridian Arts Ensemble)がいつの間にか復活していました。それも脱退したオリジナルメンバー4人中3人までもが復帰して。これでオリジナルメンバー5人の内4人が揃ったという訳です。

MAEは、過去に仕事をした海外のミュージシャンの中で、最も印象に残っていると言っても過言ではありません。彼らがMAEとして行った唯一の日本ツアーの時(91年5月)、お互い若かったこともあり(彼らは20代半ばでした)、コンサートが終わった後やオフの日など、よくつるんで遊びました。大阪の音楽好きが集まるミナミのバー音音(ネオン)のマスターのチャリさんが、その昔キタでやっていた伝説の?バーのチャーリーズ・バーや、お茶の水ナルに繰り出したものです(ナルでは飛び入りでジャム・セッションも)。

その後、彼らとニューヨークで再会した時に、フランク・ザッパから彼の曲をアレンジして演奏する許可をもらいたくて、今日スタジオでデモテープを録音したんだ、と言っていました。それから1年ほどしてニューヨークで会った時に、ザッパの件どうなったの、と訊くと1枚のCDを見せられました。なんと彼らはザッパからOKの返答をもらった上に、ザッパから直接指導を受けレコーディングまで行っていたのです。

その後彼らはザッパの曲を次々とレコーディングするばかりか、ザッパの盟友キャプテン・ビーフハートまでそのレパートリーを拡大。しかし、どんな理由があったか分かりませんが、トロンボーンのベンを残しオリジナルメンバーが次々に脱退してしまいました。99年6月、たまたまバンドのフロントマン的存在だったジョン・ネルソン(tp)がアトランティック・ブラスのメンバーとして来日、会って話すことができました。アトランティックは一時的な在籍で、ニューヨークのバッファローに移ってチェロとチューバを入れたロックバンドを結成するとのことでしたが…。

クラシックのコンクールに優勝し、クラシックのアンサンブルとして出発した彼らですが、来日した際ジョンがいつもウォークマンで聴いていたのはアイス・キューブとキング・クリムゾン。遂にはドラムを加えニッティング・ファクトリーやCBGB’sにも出演し、ザッパや牛心隊長やクリムゾンまで演奏する彼らに、アメリカのASCAPは室内楽のAdventurous Programming Awardを授与しています。

復活した彼らがどんな音楽を披露してくれるのか、期待して待つことにしましょう。

今日の愛聴盤
○MERIDIAN ARTS ENSEMBLE: SMART WENT CRAZY (CD 1993年 蘭CHANNEL CROSSING CCS 4192)
全てはここから始まった?93年3月12日、ロスのザッパ宅で披露したナンバー(ザッパ初期の作品を5曲メドレー)をそのまま収録。ザッパからアレンジに関して直接のサジェスチョンを受けており、これらの作品はMAEとザッパの貴重なコラボレーションの記録と言えるでしょう(ザッパは93年12月4日永眠)。他にもビリー・ストレイホーン(ラッシュ・ライフ)、ジミ・ヘンドリクス(パープル・ヘイズ!)や現代音楽の作曲家の作品を採り上げています。タイトルナンバーはカーク・ニューロックがMAEのために書いた作品で、彼らの魅力が詰まった名演!アレン・ギンズバーグの詩から題名が取られており、これをアルバムタイトルにするところが彼ららしいですね。

○TOM PIERSON: V (CD 1994年 日AUTEUR 1194)
93年頃だったか、ある日突然トムから電話がかかってきました。曰く、MAEのジョンから東京には面白いヤツがいるから連絡取るようにと言われたんだ。直後にブルース・アレイで会ったトムはリリシズム溢れるピアニストでした。トムはMAEのために曲を書いており、またジョンはトムのビッグバンドで演奏していたこともあるという間柄なのです。ギル・エバンスから「私の知りうる限り、世に知られざる最高の作曲家」と言われたトムですが、ピアニストとしても最高の存在であることは、このCDを聴けばよく分かります。このトムが送ってくれたCD、4ページに渡るSPECIAL THANKSの中には驚いたことになんと私の名前も。
 音楽は誰のものか - < 2003/02/19(Wed) 00:21 >
プー(菊地雅章)さんのホームページで、Out there誌に3号に渡って掲載された、99年12月に行われたインタヴューを読みました。「音楽は誰のものか」と題されたこのインタヴューに関しては、以前プーさんからも聞いていたのですが、残念ながらまだ未読でした。という訳で興味を持って読み始めたところ、かなりの分量でしたが面白くて一気に読んでしまいました。

中でも興味深く読んだのが、プーさん個人に関しては勿論のこと、ギル・エヴァンスやマイルス・ディヴィスなどプーさんと音楽的交流のあったミュージシャンたちの話です。プーさんやギルやマイルスの、彼らの音楽の裏に潜むアーティストとしての素顔が垣間見えてきました。

しかし、スライ・ストーンがリハーサルに現れなかったために実現しなかったというマイルス・バンドの話は、もし実現していたらと思うと興奮させられると共に、スライのことを恨みたくなりました。なんせマイルス(tp)、ピート・コージー(g)、スライ・ストーン(b)、菊地雅章(kb)、ジャック・ディジョネット(ds)っていう編成ですからね。それに代わってという訳ではありませんが、是非実現して欲しいのがジェイムス・ブラッド・ウルマーとジャン・ポール・ブレリーという、当代(個人的)2大ギタリストをフィーチャーしたブギ・バンドです。

驚かされたのは、プーさんが好きだと名前を挙げているジャズ・ミュージシャンの多くが、自分の好きなミュージシャンとダブること。アンドリュー・ヒルの名前が挙がっていたのも嬉しかったですね。そう言えば、お会いした時も「今興味があるミュージシャンはアイヴァン・ネヴィル」と言われて、驚いた記憶があります。(註:アイヴァン・ネヴィル=ネヴィルズのエアロンの息子。キース・リチャーズのアルバムへの参加で知られるが、自身もアルバムを発表しているヴォーカリスト兼キーボード奏者)

「音楽」や「音楽家」について考えさせられる発言も多く、頭にインプットしたい情報があまりにも多いため、時間を置きながら何度も読み直したいなと思わせられる、重量級のインタヴューでした。興味のある方は是非http://www.cyborg.ne.jp/~poo-sun/archive/index.htmlをチェックしてみて下さい。

今日の愛聴盤
○GIL EVANS / STEVE LACY: PARIS BLUES (LP 1988年 仏OWL 049)
プーさんもインタヴューの中で、ピアニストとしてのギル・エヴァンスについて触れていますが、そんなピアニストとしてのギルが味わい尽くせる逸品。5曲中3曲がミンガスの作品で、これはギルの希望だったとか。少し前、(誰だったか失念しましたが)若いミュージシャンたちと話をした時に、その一人がこのアルバムが大好きと言っていたのを想い出しました。ビルは、アコースティックとエレクトリックのピアノを演奏、スティーヴは勿論ソプラノサックスです。

○笠井紀美子: TOKYO SPECIAL (LP 1977年 日CBS/SONY 25AP 730)
1972年CBS/SONY専属第一作で、いきなりギル・エヴァンスとレコーディング共演したのが笠井紀美子さん。更に翌年には菊地雅洋、以降もオリバー・ネルソン、ジョー・サンプル、シダー・ウォルトンと兵たちとレコーディングを重ねていきます。そして私たちを驚かせたのがこの「全曲日本語」によるポップス・アルバム。安井かずみの詩に曲を付けたのは、山下達郎、鈴木勲、筒美京平、矢野顕子など多彩な面々で、バックを受け持つのは鈴木宏昌率いるコルゲンバンド(松木恒秀のギターがいつもながらナイス!)。今ならフリーソウルとして聴かれる作品でしょうか。
 ピアノ・ソロ - < 2003/02/16(Sun) 22:30 >
昨日は、柏NARDISのマスター小峯さんとブラッド・メルドーのピアノ・ソロ・コンサートを聴くために、すみだトリフォニーホールまで足を運びました。ライヴハウスのような限られた空間ではない、あの1800席という広い空間を、SRなしといういわば素のままの自分を曝け出してのピアノ・ソロは、ジャズ・ピアニストにとってはなかなかの冒険だと思います。

私は基本的に、ジャズピアノはリズムセクションの付いたトリオで聴くのが一番好きで、ソロで聴きたいと思わせられるピアニストは、ほんの一握りです。コンサートの中の数曲をソロで聴くのはいいのですが、コンサート全てをソロで聴かせるにはかなりの力量とオリジナリティが必要となってくるからです。またそのピアニストの資質や、目指している音楽的な方向性が、ソロに向いているか不向きかということもあると思うし。

さて、ブラッド・メルドーの今回の演奏、まだ結論を出すのには早いような気がしました。それぞれの曲に対してのアプローチ方法に関して、色々なアイデアがあるのでしょうが、まだその方向性を探っている最中なような感じでした。ただ彼の資質、クラシックでキャリアをスタートしロックが好きだった(実際、ポール・サイモン、ジョニ・ミッチェル、ニック・ドレイクの曲を演奏)ということはそのまま出ていたと思うし、黒い要素(ブルース・フィーリングやグルーヴ感)が全くといっていいほどないということも窺い知れて、そこは面白かったのですが。

過去にホール・ライヴを体験したことのあるダラー・ブランドや菊地雅章などのように、他の誰でもないという個性をピアノ・ソロで発揮できるようになるまでには、まだ時間がかかるでしょう。でもその第一歩を踏み出せたということに、今回のコンサートの意義があると思います。次は5年後に聴いてみたいですね。


今日の愛聴盤
○ANDREW HILL: VERONA RAG (LP 1988年 伊SOUL NOTE 121 110-1)
私の大好きなハイチ出身の黒人ピアニストで、作・編曲家としても才能豊かなアンドリュー・ヒルのピアノ・ソロ・アルバム。ブルーノート・レコーズの創始者アルフレッド・ライオンが彼のことを「自分の最後の発見」と自負していたとか。自作曲もスタンダードも美しい詩情に溢れています。孤高のマエストロ。

○ANDREW HILL: HOMMAGE (LP 1975年 日EAST WIND ES-8017)
日本のEAST WINDにもアンドリューは3作品を残しましたが、その1枚目は彼にとって初のピアノ・ソロとなるこのアルバム。アルフレッド・ライオンが67年に引退後、不遇な時代を過ごしてきたアンドリューが復活の狼煙をあげた一作。選び抜かれた音で奏でられる音楽は、饒舌ではありませんが雄弁です。

○ANDREW HILL: ONE FOR ONE (LP 1975年 米BLUE NOTE BN-LA459-H2)
63年11月から64年6月にかけて5枚のアルバムを次々と録音、これからの時代を担うアーティストと嘱望されていたのにもかかわらず、以後の70年までのブルーノートへの録音は、このアルバムが出されるまで何故か発表されませんでした。3つのセッションから成る全曲自作の11曲が収録されており、主な参加者はベニー・モウピン(ts、fl、bcl)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、フレディ・ハバード(tp)、ロン・カーター(b)など。新主流派の作曲家としての非凡さが窺い知れる2枚組。
 アール・タービントン - < 2003/02/15(Sat) 11:10 >
昨日も午後から昼ナルへ、出演は加藤英介(p)率いる民衆トリオ。ファーストセットは林正男(b)とのデュオ、セカンドセットはそこに小松伸之(ds)が加わるといった塩梅でした。この民衆トリオを聴くのも既に3回目、スタンダード中心の選曲でしたが、もっとオリジナルも聴いてみたいですね。昼ナルも最近出演者が固定してきたかなという感じなので、そろそろ新しいミュージシャンの登場を期待しているのですが。

さて、引き続き(エレクトリック)マイルス関係者を聴いている今日この頃。ジョー・ザヴィヌル(kb)のアトランティック盤を引っ張り出してきて聴いてみたら、あれ、サックスってアール・タービントンだったんですね、うっかりしていました。タービントンは、ニューオーリンズのミュージシャン(ss、as)で弟はウィリー・ティー(kb vo)、やはりザヴィヌルがニューオーリンズ滞在中に知り合ったのでしょうか?

という訳で、今日はアール・タービントンについて色々と調べてみました。一応ジャズ・ミュージシャンなのですが、それ以外のフィールドでの活動も多いため、日本のジャズ・ジャーナリズムの世界では無視されているような気がします。試しに「ジャズ批評」誌のバックナンバーをチェックしてみたら、残念ながらやはりサックスの特集号には未掲載、相手にもされていません。まぁ、こんなもんでしょう。

ザヴィヌルからB.B.キング(彼のバンドに暫く滞在しており、71年の “Live In Japan”にもクレジットが)、更にワイルド・マグノリアスとまで共演できる雑食性は、ニューオーリンズのミュージシャンの持つ強靭な胃袋の成せる業でしょうか?

今日の愛聴盤
○JOE ZAWINUL: ZAWINUL (LP 1971年 米ATLANTIC SD 1579)
ウェザーリポート結成直前のレコーディングと思われるアルバムで、ザヴィヌルはハービー・ハンコックと共にエレピを演奏。サックスはウェイン・ショーターだとばかり思い込んでいたら、ショーター参加は1曲のみで後はタービントンでした。さすが芸の幅が広いタービントン、ここでは初期ウェザーリポートに繋がるシリアスなジャズを展開。

○THE WILD MAGNOLIAS: THE WILD MAGNOLIAS (LP 1974年 米POLYDOR PD 6026)
ニューオーリンズを代表するマルディグラ・インディアンによるセカンドライン・ファンク・バンドの記念すべきファースト。今でこそCDでリイシューされ手軽に聴けるようになりましたが、昔はそうはいきませんでした。十数年前、長いこと探した挙句にこのレコードをシールドで見つけたときは嬉しかったなぁ。タービントン兄弟に加えスヌークス・イーグリン(g)も加わった、The New Orleans Projectと名づけられたバックバンドが超強力で、すごいグルーヴを生み出しています。ザヴィヌルとマグノリアスの両方と共演できるのは、タービントンくらい?

○THE GATURS: WASTED (LP 1994年 米TUFF CITY DEL LP 0001)
弟のウィリーが率いていたゲイターズの、70年頃のレアな音源をまとめた1枚。ファンキーかつグルーヴィーなナンバー満載で、同時代のメジャー・バンドに負けないくらいカッコイイ。こんなバンドが人知れず埋もれていたなんて!感謝、感謝の音源発掘アルバム。
 今日もマイルス出身者 - < 2003/02/13(Thu) 23:55 >
今日は、あることを調べるためレコード棚を探っていたら、あまり記憶のないレコードを発見。そのレコードをかけながらジャケットのクレジットを眺めていたら、想い出しました。多分、10年以上前にアメリカで購入したレコードです。聴くのは随分久しぶり。ちょっと得した気分ですが、これじゃあいけませんね。

レコードやCDもある一定数を超えると、頭による記憶だけじゃ到底整理がつきません。LPでさえかなりやばくなってきているので、シングルだともうお手上げです。そろそろきちんとデータベース作りをしなくちゃいけないと分かっているのですが・・・。これは今年の課題です。

今整理しているのは、「今日の愛聴盤」でも採り上げているマイルス・バンド出身者のレコード。調べてみるとゾロゾロと出てくるので、レコード棚のあちらこちらに散らばっているのを一箇所に集めている最中です。という訳で、今日も前回の続きです。

今日の愛聴盤
○GARY BARTZ NTU TROOP: JUJU STREET SONGS (LP 1973年 米PRESTIGE 10057)
“LIVE-EVIL”の熱演で知られるサックス奏者が、マイルス・バンド加入前から率いていたバンドの73年作(録音は72年)。アンディ・ベイがヴォーカルとエレピを務めています。マイケル・ジャクソンでヒットしたリオン・ウェア作の “I Wanna Be Where You Are”、シリータのデヴュー作に収録されていたスティーヴィー・ワンダー作の “Black Maybe”と、10分前後の曲2曲で構成されるA面があの時代を映しこんでいます。
○GARY BARTZ: BARTZ (LP 1980年 米ARISTA AB 4263)
時代の移ろいと共にバーツのサウンドも大きく変化します。マイルス・バンドの後輩に当たるエムトゥーメイとレジー・ルーカスのプロデュースによる、ダンサブルでポップなフュージョン。バーツのアルバムというよりは、エムトゥーメイ&ルーカスのアルバムという感じかな。
○JOE BECK: WATCH THE TIME (LP 1977年 米POLYDOR PD-1-6092)
私の大好きなジョー・べック(g)の忘れ去られた?1枚。約半数の曲でヴォーカルをフィーチャーし、これまたポップでダンサブル。今の時代のほうがもっと受け入れられるのでは?ジョー・べックは再評価されてほしいミュージシャンの一人です。マイルスとの未発表セッションも早く聴きたい!
 祝スシ・ボンバー - < 2003/02/11(Tue) 08:32 >
昨日のスシボンバー、高原直泰選手のゴールには本当に興奮させられました。期待され結果を求められて、その結果をきちんと出す。かつてプレッシャーに弱いと言われた日本のスポーツ選手も、若い世代になり確実に変化を見せているようです。高原選手もこれで重圧から解放、チーム内での信頼も獲得したと思うので、これからはどんどんボールも回ってくるでしょうし、もっと活躍してくれるはずです。今日は喫茶店で、スポーツ新聞を片っ端から読まないとね。

我がベイスターズもいい感じです。森さんの時はフリーエージェント権を行使し、主力選手出て行ってしまいましたが、今回は鈴木、三浦、斉藤といった生え抜き選手が全て残留(それも長期契約)、嬉しい限りです。更に周りのベイファンが疑問視していた斉藤のクローザー転向も、さすが山下監督、先発に戻し我々の不満解消です。地元出身の若田部もフリーエージェントで加入、田代以来の日本人大砲の古木も育ち、今年は期待できそうです。ベイスターズの活躍で、噂の横浜ドーム建設が実現に向けて進んでくれるといいのですが。

今日の愛聴盤
○MTUME: REBIRTH CYCLE (LP 1977年 米THIRD STREET TSJ 100)
今日もマイルス・スクール出身者のアルバムを。70年代前半のマイルス・グループに強烈なアフロ・グルーヴを持ち込んだパーカッショニストが、ファンク・グループのエムトゥーメイ結成前に発表したアフロ回帰的ロフト・ジャズ。77年の発表ながら、録音はマイルス・グループ在籍中の74年。レジー・ルーカス(g)、ピート・コージー(g)、マイケル・ヘンダーソン(b)、アル・フォスター(ds)、エイゾー・ローレンス(reeds)、ジョン・スタブルフィールド(reeds)など、当時のマイルス・グループのメンバーやレコーディング参加者が大挙共演する他、ディー・ディー・ブリッジウォーターやタワサがヴォーカルで参加。スピリチュアルな美しさを感じさせる1枚です。
○REGGIE LUCAS: SURVIVAL THEMES (LP 1976年 日EAST WIND EW-8030)
マイルス・バンド加入前はスティーヴィー・ワンダーのバンドにいたギタリストの、日本制作による唯一のソロ・アルバム。ソウル色、ファンク色を強めるため、マイケル・ヘンダーソンと共にジャズ以外の分野で活動しているミュージシャンを、マイルスが必要としたのでしょう。マイルス・バンドではほとんどリズム・ギタリストでしたが、ここではソロもたっぷり。この頃の日本のレコード会社は、本当にいい仕事をしていますね。
○STEVE GROSSMAN: PERSPECTIVE (LP 1979年 米 ATLANTIC SD19230)
マイルス・バンドに弱冠18歳で加入、“AT FILMORE”、“JACK JOHNSON”、“LIVE-EVIL”などの名作のレコーディングに参加したサックス奏者が、ストーン・アライアンスでの活動を経て発表したソロ・アルバム。大好きなギタリスト、バジー・フェイトンの参加が目を引きます。菊地雅章のピアノに加え、バジー、マーク・イーガン(b)、スティーヴ・ジョーダン(ds)がバックを付けるプーさんの名バラード “Pastel”の美しいこと。マイルス・バンド加入前のマーカス・ミラーのプレイも聴けます。
 THE BOZZ - < 2003/02/10(Mon) 06:26 >
先日は、代々木ナルの「アド街14位」に関して書いたので、今度は御茶ノ水ナルに関してひとつ。最近ジャズクラブに “JAZZNIN”(ジャズ人)という無料の大判冊子が置いてあるのですが、その1月号のTHE BOZZというコーナーに、御茶ノ水ナル二代目オーナーの成田広喜君のインタヴュー記事が1ページに渡り掲載されています。記事の前の見出しコピー曰く「弱冠25歳。たぶん業界でいちばん若いジャズクラブオーナーだ。」そりゃ、当たり前だ。こんな若いオーナーは普通考えられない。

しかし、ここでふと考えました。たしか成田さん(先代オーナーの勝男さん)がお店を始めたのは、凄く若い時だったよなぁ。すると文中にありました。成田さんがお店を始められたのは23歳の時だそうです。時代がジャズを後押ししていた頃とはいえ、なかなか凄いことなのではないのでしょうか。

先週の金曜の昼ナルライヴには、そのヒロ君とお母様であり代々木ナルオーナーの美紗子さんもいらっしゃったので、しばし談笑。代々木にもそろそろまた顔を出さないとね。

今日の愛聴盤
○MILES DAVIS: THE MAN WITH THE HORN (LP 1981年 米COLUMBIA FC 36790)
1981年、マイルスのこの復帰作のリリースは、ジャズ界最大のトピックでした。私も輸入盤で直ぐに購入、その後の新宿西口広場での伝説的なコンサートにも、ナルのみなさんと足を運びました。そしてここから10年ちょっと、91年の9月28日に亡くなるまで、マイルスは走り続けるのです。若き日のマーカス・ミラー(b)のプレイが既にマエストロ然としているのに驚くし、1曲目 “Fat Time”のマイク・スターン(g)のソロも今よりよっぽどカッコイイのは何故?
○JOE ZAWINUL: THE RISE & FALL OF THE THIRD STREAM (LP 1968年 米VORTEX 2002)
マイルス・バンドに加入する直前のザヴィヌルの姿を捉えたアルバム。作曲と編曲に多大な才能を発揮する彼ながら、ここではピアニストに徹しています(全曲ウィリアム・フィッシャーの編曲で、採り上げている曲もグルダ作の1曲を除きフィッシャー作)。彼のプレイヤーとしての力量が窺い知れる興味深い1枚。ニューオーリンズで出会ったザヴィヌルとフィッシャーがウィーンで再会し…、音楽の都の魔術に引き寄せられた二人のアーティストのコラボレーションにより生まれた傑作!
○MASABUMI KIKUCHI(菊地雅章): BUT NOT FOR ME (LP 1978年 日FLYING DISK VIJ-6016)
ナルとも関係の深いアーティスト、プーさん。ニューヨークに活動の拠点を移して5年を経過したプーさんが、マイルスとの出会いを経て発表した個人的永遠の愛聴盤。核になるのはゲイリー・ピーコック(b)、アル・フォスター(ds)とのトリオ。プーさんのアコースティック・ピアノを聴くならこの1枚。A面のリズミックな “Sunday Lunch”から例えようもなく美しいバラード “Pastel”への流れは絶品!しかもあの唸り声が聴こえないのが不思議。そして大量にあるだろう、マイルスとのレコーディングが世に出るのはいつ?
 小泉八雲のレシピ本 - < 2003/02/08(Sat) 03:26 >
インターネットのサーチ・エンジンでよく調べ物をするのですが、たまに思いもかけず面白い情報がひっかかって喜ぶことがあります。小泉八雲の著作「ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本」(ティービーエスブリタニカ)という本の存在も、昨日そうやって知りました。小泉八雲が日本に来る前、1877年から10年ほどニューオーリンズに滞在していたということは、ニューオーリンズ好きにはよく知られた事実です。

クレオール料理のレシピ集らしいのですが、目次を見るとスープ、魚料理、冷製肉とその盛りつけ方、獣肉・鳥類・鹿肉料理のためのソース四五種、アントレ、羊肉・牛肉・ハムの料理、鶏・鳥類・鹿肉料理、野菜料理、卵料理(オムレツなど)、サラダとつけあわせ〔ほか〕、となっており興味をそそられます。私の大好物、シュリンプ・クレオールも載っているのでしょうか。手に入れてみたい一冊です。

クレオール料理やケイジャン料理のレシピ本は何冊か持っていますが、お気に入りは98年にニューオーリンズで入手した「Cookin’up the Blues with Tabasco」(1993年 McIlhenny Company)。ミュージシャンが紹介するレシピ集といった体裁をとっているのですが、ポイントは全ての料理にルイジアナが誇る調味料、タバスコが使われていること。登場するミュージシャンもマーヴァ・ライト、バックウィート・ザディコ、アール・キング、アーマ・トーマスなどの地元組からエルウッド・ブルース(ダン・エイクロイド)やジョー・ウォルッシュ、エアロスミスなどの全国区アーティストまで全20組。お店のショーウィンドウにディスプレイされているのを発見、お店のおばさんに交渉して売ってもらった一冊です。

さて、7日の昼ナルのライヴは、なんと初の試みのクラシック(小野寺ちひろ、pf)。ジャズクラブの空間で、コーヒーを手にしたお客さんを前にクラシックをやったらどんな感じになるのか?興味があったので、行ってみました。感想は空間との違和感はないということ。それから周りのノイズ(普通のコンサートの会場ではないので、どうしても各種ノイズが聴こえてくる)は思ったほど気にならなりませんでした。後は選曲や、演奏の進め方がポイントですね。こういったことが判っただけでも、ちょっとした収穫でした。

今日の愛聴盤
○DAVID T. WALKER: DAVID T. WALKER (LP 1971年 米ODE SP 77011)
R&Bやソウルからポップスまで、幅広くこなす名セッション・ギタリストのODE第一弾(通算4枚目)。スタッフ組が東海岸の雄ならば、対する西海岸はクルセイダーズ組でしょうか?ここでもジョー・サンプル(kb)、ウィルトン・フェルダー(b)が参加しています。御大のメロウなプレイは天下一品。ニール・ヤングの曲は(ここでは、 “Only Love Can Break Your Heart”)なんでこの頃の黒人ミュージシャンによく採り上げられているのでしょうか?
○MERRY CLAYTON: MERRY CLAYTON (LP 1971年 米ODE SP 77012)
上記のアルバムにも参加していたレーベル・メイトのセカンドで、勿論デイヴィッド・T・ウォーカー、ジョー・サンプル、ウィルトン・フェルダーも参加。ニューオーリンズ出身、元レイレッツ、ストーンズの “Gimme Shelter”でミックとデュエット、キャロル・キングファミリーの一員など、とても興味をひくアーティストです。ここでも1曲目にいきなりニール・ヤングの “Southern Man”が!この頃のODEの質の高さにも改めてビックリ(ODE SP 77009は、あのキャロル・キングの名作“つづれおり”)。
○THE METERS: KICK BACK (LP 2001年 米SUNDAZED LP 5081)
上の2枚の流れで聴きたくなったのが、2001年にリリースされたミーターズの未発表音源を多数含むこのアルバム。9分に渡って演奏されるニール・ヤングの “Down By The River”が聴きものです。しかし昔のニール・ヤングは本当にいい曲をいっぱい書いてますね。



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